経済ニュース その8 山一證券の破綻劇を振り返る

経済ニュース その8 山一證券の破綻劇を振り返る

 山一證券は、1997年に自主廃業を行う形で約100年の歴史に幕を引くことになりました。当時は「野村證券」、「大和證券」、「日興證券」とともに4大証券の一角を占めており、特に法人部門に強みを持っていたことから「法人の山一」などと呼ばれていました。しかしながら、実態は法人顧客の損失を補填する「にぎり」が横行し、バブル崩壊以降、山一證券は隠れ損失を膨らまることになり、最終的に再建の道を断念し、自主廃業に至ったのです。

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 詳しく解説

 山一證券は、1986年以降バブル景気を謳歌します。その当時の社長である行平次雄氏は、法人部門出身であったこともあり、法人部門を主軸に展開します。その中で、大手企業と損失補填の「にぎり」により、大口の契約を次々に獲得していきます。その結果、毎年1000億円以上の利益を計上するなど栄華を極めます。

 しかしながら、バブルが崩壊以降、株価が大暴落します。当然取引先が購入した株式は大暴落することになります。その株式を山一證券は損失を補填することになり、損失額は大きく膨らむことになります。その時、海外などに決算期の異なる関連会社を設立し、損失をその都度移動させる「とばし」と呼ばれる手法を駆使していたのです。

 当時株価が大暴落しても、その後すぐに株価は元に戻るという期待で動いていました。一方で株価は元に戻ることはなく、損失額は膨らんでいくことになります。ちなみに、これと似た手法で大手企業で財テクを行うノックイン条項のついた投資で損失を膨らませ、数百億円規模の負債を抱える企業も数多く存在します。

 1997年に入り、総会屋事件などで大手証券会社で多数出します。その中で、損失隠しが明らかになり、損失額は2,720億円にまで膨らんでいたのです。当時の社長の行平会長は、経営責任から逃れるために、営業畑出身で事情を知らない野澤正平氏が社長に就任し、その時負債について聞かされたそうです。大蔵省から自主廃業を宣告される、3ヶ月前だったそうです。

 山一證券は1965年にも倒産危機を経験していますが、当時の田中角栄大蔵大臣と、宇佐美日銀総裁が日銀特融を実施し、救われた経緯がありました。そのため、今回の損失についても大蔵省が救ってくれるとの期待があったそうです。

 大手証券会社で総会屋事件で、逮捕者を多数出してたことに加えて、山一證券が不正な会計処理を実施し、損失を隠し続けたことが、大蔵省の證券局が知ることとなり、逆鱗に触れたのです。当時山一證券に金融支援を巡り、野沢社長は大蔵省と接触していたそうですが、最終的には自主廃業を行うように大蔵省から告げられ、再建の道は絶たれることとなったのです。

 最後に野沢社長は「社員は悪くありませんから」という言葉を残してるのが、多くの人の印象に残っていると思います。詳しくは次のURLを御覧ください。

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