経済ニュース その12 ソ連崩壊はアメリカが仕組んだ石油価格操作?

経済ニュース その12 ソ連崩壊はアメリカが仕組んだ石油価格操作?

 導入部分

 ソ連は1991年にゴルバチョフ大統領が辞任したことで、内部分裂が起こりロシア・ウクライナ・カザフスタンなど15の国に分裂することになります。その崩壊の背後にはアメリカが石油価格を操作したとの指摘があります。1986年に1バレル32ドルから10ドルまで下落したことでソ連経済は立ち行かなくなっていきます。

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 詳しく解説

 1980年ごろには米国など石油産出国が過剰生産に乗り出します。その結果石油価格は徐々に値下がりしていきます。下落の背景には1981年、米国政府が石油や石油製品に対して国による価格統制を廃止して税金を引き下げたことが要因となっています。

 こうした状況の下で、ソ連を含めてどの国も、原子力をはじめとする代替エネルギー開発に取り組み始めました。1986年、チェルノブイリ原発事故が発生します。この事故がソ連の経済、国際的イメージ、エネルギー産業に強い打撃を与えます。このすぐ後、1986年に、当時、米中央情報局(CIA)長官を務めていたウィリアム・ケーシーがサウジアラビアを訪れます。ロナルド・レーガン米大統領の国家安全保障問題担当大統領補佐官だったリチャード・アレンによると、ケーシーはファハド国王と、今後の行動について交渉したとのことです。

 この交渉結果は不明ですが、1986年に1バレル32ドルから10ドルまで4か月間で急激に下落することになります。サウジ経済にとっても価格下落は大きな痛手にも関わらず、大幅増産に踏み切った背景には、アメリカの財務補償の裏密約の可能性が潜んでいます。

 ソ連は1985年~1986年の石油危機により、深刻な不況に陥ります。不完全な統制型の経済を採用していたため、大きな外貨獲得源となっていた石油価格操作によって、ソ連経済は立ち行かなくなっていきます。1986年には、ソ連の対外債務は約300億ドルでしたが、1989年までに500億ドルに達します。

 このアメリカの石油価格操作は、ゴルバチョフに政府システム改革の試み(ペレストロイカとして知られている)など国民に不人気の製作を強いさせますが、徐々に瓦解していきます。1980年代末までにソ連崩壊は不可避なものにまで達していきます。お金に瀕していたソ連国民は政府の施策をほとんど評価しなくなっていきます。

 石油価格についてソ連崩壊後の1990年代には1バレル=20ドル台、2000年代には40ドル台に回復します。アメリカの石油価格操作によってソ連崩壊を成功させることに成功したと考えられるのです。

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